這い上がる時に必ず訪れる「居心地の悪さ」人生ステージが上がる時

学ぶ

成功哲学というと、目標設定や習慣化の話が主流です。でも実際にステージを変えようとした人なら誰でも知っている、あまり語られない部分があります。それは、上のステージに足を踏み入れた瞬間に襲ってくる、慣れない場違い感です。

場違い感に耐えた経験

私は疲れやすい体質で、会社勤めの経験がないままフリーランスとして生きてきました。創作活動が中心だった私が、ちゃんとビジネスを学ぼうとしたとき、立派な経歴を持つ人たちの輪に入っていくのは強いプレッシャーでした。

自分だけ場違いなのではないか。そう思いながらも、「すごく場違いだと思うのですが、勉強させてください」と言うと、意外なほど親切にしてもらえました。

誰にでも起こる背伸びの場面

この経験は自分だけの特殊事情ではないと思います。施設で育った子が普通の家庭にお嫁に入るとき、「普通の家ではどうするんだろう」と不安を抱えながら背伸びを続けます。

家庭環境に恵まれなかった子が支援者に出会うとき、相手はおそらく中流の暮らしをしていて、会話が自然に成り立つわけではありません。一般家庭の子が玉の輿に乗るときも同じでしょう。

美人を目指して努力する人が「何を目指してるの?」と冷ややかな目で見られるのも、構造としては同じことです。

ドリームキラーという引力

もう一つ避けて通れないのが、今いる場所からの引き止めです。

友達も家族も、自分たちから離れていくあなたを見て不安になります。だから無意識に邪魔をします。ドリームキラーと呼ばれる現象ですが、これは悪意というより恐怖の裏返りだと考えたほうが正確です。

相手が変わることは、これまでの関係を支えていた前提、つまり対等さや暗黙のルールが崩れることを意味します。だから引き戻そうとする力が働きます。裏切られたと感じる必要はなく、関係性の物理法則がただ作動しただけだと捉えれば、そのあとに訪れる孤独な時期を過ごしやすくなります。

二つの力を同時に受け止める

美人を目指す人が一度孤独になり、新しいグループに入り直すように、格上の居心地の悪さと、これまでの居場所からの引力。この両方を同時に受け止めなければならないのが、ステージ移動の実態です。

恥の意識は弱点ではなく装置

恥の意識を弱点だと思っていましたが、実はそうではありません。場違い感をまったく感じない人は、たいてい学ぶ姿勢を忘れて、身の丈に合わないふるまいをしてしまいます。

恥の意識があるからこそ「教えてください」が自然に出てきて、それが受け入れられる装置として機能するのです。

まとめ

成功哲学の本流ではないかもしれません。けれど、ステージを移動しようとする誰もが必ず通過するこの居心地の悪さの谷を、あらかじめ知っておくことには意味があります。それは自分の欠陥のサインではなく、移動そのものに伴う通過儀礼なのです。

こちらの記事も這い上がるをテーマにしています。

シンデレラも這い上がった話ですが、虐待されたヤングケアラーなのに何故か自信を失っておらず、普通の娘でもビビる豪華なお城にドレスを着ていき優雅に踊り切る自己肯定感の高さ。魔法の支援があっても普通はお姫様が自分に相応しいなんて、一般人には思えません。いい待遇を素直に受け取るのもひとつの能力なのです。そういう記事です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました