若い頃の私は、ファッション雑誌に載るような女性がモテて、幸せになるのだと思っていました。キラキラした服、完璧なメイク、女子力。ああいうものを積み上げた人から順に、選ばれていくのだと。
30代になって、周りの同級生や友人たちの人生の「答え合わせ」が揃ってきました。誰が幸せな結婚をして、誰がしていないのか。結果は、思っていたのと全然違いました。
先に幸せな結婚をしていったのは、オシャレでもなく、たいして美人でもない、地味で無難とも言えるけど、欠点が少ないバランスのいい、人間のできた子たちでした。太っていても、常識があって稼いでいる人は、大事にされています。一方で、雑誌のモテ指南を忠実に実行したようなキラキラした子が、意外と売れ残っている。モテを意識してすらいなさそうな地味な子のほうが、さっさと結婚していました。
これは私の周りだけの話ではないと思います。証拠は、街に無料で転がっています。スーパーやファミレスで家族連れを見てください。飾らない格好のお母さんたちが、それでも夫に大事にされて、普通に幸せそうに暮らしています。「結婚できるのは美人」という前提が正しいなら、あの風景は存在しないはずなのです。
なぜ、みんな勘違いするのか
少女たちが勘違いするのは、頭が悪いからではありません。目に入る情報が、偏りきっているからです。
まず、雑誌はスポンサーが喜ぶように作られています。ファッション誌の収入源は、化粧品や服の広告です。つまり「女子力を磨き続ける読者」が利益の源泉で、読者がさっさと幸せになって卒業したら商売が終わってしまう。だから誌面の「モテる女性像」は、実際にモテる女性像ではなく、化粧品と服が一番売れる女性像なのです。悪意ではなく、商売の構造がそうさせています。
次に、SNSには「幸せになった人」が映りません。地味に結婚して満ち足りた人は、投稿する動機がないからです。発信を続けるのは、まだその話題に悩みが残っている人と、何かを売りたい人。美容や恋愛の情報を発信し続けているアカウントの向こう側を、少し想像してみてください。幸せな多数派は、投稿せずに黙って暮らしています。
そして今の若い人は、歳の離れた知り合いが少ない。同級生と、画面の中のインフルエンサーだけが世界のすべてになりやすい。昔なら近所や親戚に、人生の答え合わせが済んだ年上の女性がいて、「地味な子が幸せになる」実例を嫌でも見られたのですが、その回路が切れています。
モテと結婚は、別のゲーム
もっと根本的な話をすると、モテと結婚は、ルールの違う別のゲームです。
モテは競争です。不特定多数の平均的な好みに対して、高得点を出し続ける必要がある。だから万人受けする魅力を、延々と磨き込むことになります。
結婚は検索です。相性のいい一人と噛み合えば、それで成立します。全員に80点を取る必要はなくて、誰か一人にとっての100点であればいい。
雑誌やSNSが売っているのは、ほぼすべて「競争」の装備です。でも人生で本当に必要だったのは「検索」のほうだった。地味な子が早く結婚するのは、モテという回り道をせず、相性のいい一人を見つけるという本来の課題に直行したからです。キラキラを磨き続けた子は、出なくていいトーナメントで勝ち続けてしまい、検索を始めるのが遅れたのです。
さらに言えば、男性は短期的な相手と結婚相手とで、選ぶ基準を変えます。派手さや華やかさは短期の関心は引きますが、結婚相手の選定では、堅実さ、穏やかさ、生活を共にしたときの心地よさが優先される。「モテ指南どおりの女性がなぜか本命にされない」という現象の正体は、これだと思います。教えられていたのは、短期市場向けの装備だったのです。
実際に選ばれているのは、何か
では、結婚というゲームで実際に取引されているものは何か。私の観察では、こうです。
世間の多数派と大きくズレない常識。相手を減点方式ではなく加点方式で見る目。機嫌の安定。生活を回す力。そして、完璧さよりも「この人には自分の出番がある」と思わせる、ほどよい隙です。
見た目は無関係ではありませんが、役割は「入場券」まで。会うところまでは運んでくれても、会ってからの評価は別の帳簿でつけられます。逆に、可愛くて健康なのに結婚が決まらない場合、原因は見た目ではなく、この帳簿の側にあることが多い。たとえば芸能人を基準に現実の男性を減点方式で見てしまえば、どんな相手も失格になります。観賞用の完璧と、隣で暮らす相手とは、別のものだからです。
そしてもう一つ。街で見かける、飾らない格好の主婦の方々。あれは「敗北」ではありません。もう選ばれる競争から降りていい身分だから、装備を外して歩いているのです。着飾っている人が選ばれるのではなく、選ばれ終わった人から順に、着飾るのをやめていく。身なりの華やかさは、幸せの証明どころか、「まだ市場にいます」という表示だったりする。少女が信じている世界とは、逆転しているのです。
完璧を目指さなくていい
この相場観を知ると、いくつかのことが楽になると思います。
自分磨きは、ほどほどでいい。磨けば磨くほど上がるのは「観賞用の点数」で、下手をすると隙のなさまで上がってしまい、かえって遠回りになります。ある程度のところで切り上げて、出会いのほうに時間を使ったほうが、リターンは高い。
欠点を恥じすぎなくていい。特技のある人ほど、支えてもらえるポイントが分かりやすいほうが、相手は安心します。完璧な人の隣で「自分は必要なのかな」と思わせてしまうより、強みも足りなさも正直に表示して、それで安心してくれる相手と噛み合うほうが、結婚としてはずっと健全です。
そして、キラキラの競争から降りることは、負けではありません。あの競争の審査員は同性と広告主で、あなたの人生の幸せを採点してくれる人は、そこにはいないからです。
顔を上げて、街を見てほしい
画面の中の相場は、商売の都合で歪んでいます。本当の相場は、路上に転がっています。
夕方のスーパーで、買い物袋を分け合って歩く夫婦を見てください。ファミレスで子どもにご飯を食べさせている、飾らないお母さんを見てください。あの人たちは、雑誌に載る水準に達していないのに、ではなく、あの水準がそもそも条件ではなかったから、幸せなのです。
普通の容姿で、普通の常識があって、人を加点方式で見られる人は、ちゃんと結婚して幸せになっています。それがこの社会の、発信されないだけの多数派です。
だからどうか、画面の中の基準で自分を採点して、落ち込まないでください。あなたを幸せにする相場は、あなたが思っているより、ずっと優しいのです。
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