以前の記事で、お金のマインドブロックの話を書きました。マーケティングや損得勘定を「浅ましい」と感じるかどうかが、学歴がなくてもお金に困らない人生になるかどうかの分かれ目だ、という話です。そして、損得勘定が苦手な人には苦手な人の適職がある、自分の気質がどちらの世界で価値になるかを見極めることが大事だ、とも書きました。
今回はその続きです。ただし、個人の気質の話ではなく、国の設計の話をします。
実は「気質に合わせて生き方を選ぶ」ということ自体が、どこの国でもできるわけではないのです。日本は、それができる珍しい国なのです。
この記事の続きです。
損得勘定がむき出しの国
世界には、日本よりずっと損得勘定のはっきりした国があります。市場の競争が徹底していて、勝てば大きく稼げる。その代わり、負けた人への福祉は日本ほど手厚くありません。先進国でもそうです。病気ひとつ、失業ひとつで生活が崩れる怖さが、日本より濃い社会があります。
そういう国では、マインドブロックを外すかどうか悩む余地すらありません。損得勘定ができないと、そもそも生活が守れないからです。教養タイプの人、義を利より優先するタイプの人には、かなり息苦しい設計です。
福祉が手厚すぎる国
では逆に、福祉を徹底的に手厚くした国はどうでしょうか。
高福祉の国は、その分だけ税金が高くなります。すると、手元に残るお金が薄くなり、お金のかかる娯楽が富裕層だけのものになっていきます。庶民の楽しみは、サイクリングやハイキング、家族や友達や恋人との人間関係、たまに映画や美術館、あとはテレビやスマホ。それ自体は豊かな時間ですが、「稼いで、稼いだ分だけ楽しむ」という回路は、税で薄められています。先進国でもそうなのです。
そういう国では、逆に商売を頑張る意味が薄くなります。マインドブロックを外して稼いでも、伸びしろが限られているからです。安心と引き換えに、「這い上がる」という選択肢の魅力が削がれている設計です。
学歴の一発勝負の国
もうひとつの軸が学歴です。韓国や中国は、日本よりも学歴競争が厳しくなる仕組みの社会です。人生の早い段階の受験で、その後の道がかなり決まってしまう。敗者復活の道が細いので、子ども時代の全てを受験に注ぎ込む競争になります。
そういう国で「学歴がなくても商売で這い上がれるよ」と言っても、実際に通れる道が細ければ、それはただの気休めです。マインドブロックを外す価値は、外した先に本当に道があるかどうかで決まるのです。
日本は中間の国
日本は、先進国の中では中間にある国です。
損得むき出しの国ほど福祉が薄いわけではない。落ちてもセーフティネットがある。かといって高福祉の国ほど税金が重いわけでもなく、稼いだ分だけ楽しめる余地が残っている。学歴競争も、韓国や中国ほどの一発勝負ではありません。
そして日本は、フリーランス、自営業、零細企業や中小企業がたくさんあって、それで生きていける国です。学歴がなかったらおしまいの国ではないのです。美容室でも、ラーメン屋でも、一人親方でも、ハンドメイド作家でも、技術と工夫があれば食べていける。会社員に向いていなければ独立する、という選択が、絵空事ではなく実際の選択肢として存在しています。
賄賂のいらない国
もうひとつ、見落とされがちな日本の強みがあります。不正が少ないことです。
発展途上国では、商売を始めるにも続けるにも、賄賂やコネが必要になることが珍しくありません。役所の許認可で袖の下を求められる、有力者とのつながりがないと仕入れも出店もできない。そういう国では、零細の個人が「技術と工夫だけ」で勝負することができません。
前回の記事に出てきた美容室を思い出してください。客単価を上げるために髪質改善トリートメントの技術を磨き、専門店として宣言する。あの戦略が成立するのは、腕と工夫がそのまま評価される市場だからです。賄賂とコネの国では、あの美容師の企業努力は成立しないのです。
日本の「ゆるさ」は、正確に言えば「フェアさ」です。ゼロから始める個人にとって、これほどありがたい条件はありません。
王道ルートが存在すること自体が、恵まれている
ここまでは先進国同士の比較でしたが、視野をもう一段広げると、日本の恵まれ方はさらにはっきりします。
日本では、よっぽど健康に問題があったり、出身家庭が極端に貧しかったり、親の愛情不足で心が健全に育たなかったり、そういう例外的な事情がなければ、とりあえず学校に通って、就職して、結婚して、なんとか子どもを育てていく。そういう王道ルートが一応存在しています。
でも世界には、健康に生まれて、周りと同じような経済力の家に生まれてもなお、男は家族を養うために外国へ出稼ぎに行くべきだ、という社会的圧力のある国があります。しかも合法的な移動手段がなく、密航船に乗るしかない。移動中に命を落とす人が、毎年たくさん出ています。生まれた国で普通に働いて家族を養う、というだけのことが、王道ルートとして存在しない国があるのです。
発展途上国といっても、電気やガスや水道が通っている国、それはなくてもガスボンベで料理をしている国が多数派です。でもその暮らしは薄氷で、たとえば父親が病気になった途端に、薪で火を起こし、遠くまで水を汲みに行く暮らしへ転落することがあります。水汲みは女性や子どもの役割とされることが多く、道中で性暴力に遭う危険があるのに、行かなければ生きていけない。水汲みのために学校に通う時間を失う。そういう暮らしをしている人は、先進国の人口に匹敵する規模でいると言われています。
難民になれば、さらに過酷です。性暴力の被害が繰り返されることが当たり前になった環境で、「自分は被害が少ない方だった」と言わなければならないような世界があるのです。国家が機能しているだけでありがたい。だからこそ、難民を出したくない一心で、戦争に勝とうとする国があります。負けたら国民が難民になるからです。国を守るために戦争をした方がマシだ、という判断が現実に存在する。それが世界の実態です。
そういう国と比べたら、日本はいざという時に生活保護が申請できる国です。転落しても、薪と水汲みの暮らしまでは落ちない。この「底の高さ」は、当たり前ではないのです。
だから、見極めに意味がある
まとめると、こういうことです。
日本は、組織で働く道と、独立して商売する道の、両方がそこそこ開いている国です。だからこそ、前回書いた「自分の気質がどちらの世界で価値になるかを見極める」ことに、実際の意味があります。学歴で全てが決まる国なら、見極めても仕方ありません。福祉が薄すぎる国なら、選ぶ余裕がありません。福祉が厚すぎる国なら、選んでも差がつきません。
日本は中間だからこそ、選べるのです。
損得勘定が得意な人は、マインドブロックを外して商売の道へ。賄賂のいらないフェアな市場が待っています。損得勘定が苦手な人は、公共サービス、医療、福祉、教育、バックオフィスの道へ。そしてどちらの道でも、万一転落したら生活保護というセーフティネットのある国が支えてくれます。
もっときつい国は、いくらでもあります。「日本はダメだ」という話は毎日流れてきますが、学歴がなくても這い上がれて、コネがなくても商売ができて、失敗しても福祉があって、稼いだら稼いだ分だけ楽しめる。この組み合わせが全部そろっている国は、世界ではむしろ少数派です。
このゆるさを使い倒さないのは、もったいないと思うのです。
この記事も這い上がるをテーマにしています。
シンデレラも這い上がった人。虐待されたヤングケアラーがなぜか自己肯定感を失わず、普通の娘でもビビる豪華なお城に堂々とドレスを着ていき優雅に踊り切る度胸。そもそもお姫様の立場が自分に相応しいと思っている。虐待されてなくても普通はそうは思えません。受け身な話に見えて実はめちゃくちゃ心が強いな、という記事です。





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